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第11章 疫学

1 疫学の概念と意義

1)疫学の概念-病気の流行

昔から、ある種の病気は、ある人々の間に、あるいは、ある時期に流行することが気づかれていた。

  1. 江戸時代の佐渡の金山では、坑内に入って鉱石を掘り出す坑夫に、咳をして息切れで動けなくなり、若くしてやせて死んでいく病気が多かった。現在の珪肺である。
  2. 明治時代の海軍軍医の高木兼寛は、軍艦に乗った海兵が脚気に倒れる原因が、白米偏重の食事にあることをつきとめ、完全に予防に成功した。
  3. 喫煙と肺癌との因果関係がようやく明らかにされたのは1957年の英国王室医学会の報告においてであり、先進国ではこのことを疑う者はいないが、発展途上国ではそれと知らされずに吸い続けている。

2)疫学の特徴と意義

これらの歴史上の病気の流行に関する記載こそ疫学の原点である。

ラストは、疫学は医学のうち「ある人間集団にみられる病気などの分布、原因および対策を取り扱う分野である」と述べた。

パーキンは、疫学は「病気の流行現象を扱う分野である」と述べている。

疫学は、次に示す意義・特徴を有する。

  1. 疫学は病気と環境との相互関係を扱う学問
  2. 疫学は英語ではエピデミオロジーといい、エピ(上)+デミ(人々)+ロジー(学)が合わさった言葉で、人々の上に起こっている事象、すなわち流行現象を扱うのが疫学である。
  3. 疫学は、当初は、19世紀に流行したコレラ・赤痢・痘瘡などの急性感染症の流行機序の研究が中心であったが、結核・性病・非感染症の生活習慣病をもその対象に取り上げられるようになり、今日に至っている。
  4. 疫学調査研究によって得られた因果関係とリスクを現実に応用して環境改善・栄養改善・予防接種などの対策のための法律や制度の整備に援用することが予防医学である。
  5. 疫学調査でわかったことは、すぐ対策に結びつけることができる。1953年、熊本県の水俣で発生した奇病は、漁民に多発、また、沿岸の魚を多食する人々に発生することが判明。沿岸の魚の食用を禁止することにより奇病の新発生を著しく少なくすることに成功した。
  6. 疫学調査でわかったことは、病気の原因と機序が十分解明されていない段階でも対策が可能である。熊本県水俣湾沿岸の魚に大量のメチル水銀が含まれており、それが水俣病の原因物質であることが明らかにされたのは、ようやく1959年のことだった。

2 疾病の頻度の測定

ある時期やある集団に病気が多発しているかどうかを知るには、病気を判定して数えること、そしてそれを率にして比較しなければならない。

  1. 罹患率

    例えば、ある一年間に保健所に届け出のあった新たに発生した結核患者が6万人、日本の人口が1億2千万人とすれば、人口10万人対罹患率は50

  2. 有病率

    例えば、ある町で高血圧検診を実施し、受診者2000人のうち高血圧者が200人であった場合、この町における検診実施時の高血圧有病率は10%

3 学調査研究の段階と実例

1)記述疫学

場所別に、どこにその病気が流行しているかをはっきりさせる。性行為感染症やエイズについては一人ひとりの性的パートナーとその関係を追跡して、感染経路を明らかにすることもできる。

2)病気の原因-因果関係のモデルと判定

病気が起こる原因と機序は複雑である。インフルエンザウイルスとインフルエンザの発症のように1対1に対応する場合もある。この場合は病因としては単純である。しかし、ウイルスが侵入して体内で増殖し症状を発するまでの過程は個人によって様々であり、何が症状の重い軽いを決めるのか(宿主要因)はよくわかっていない。疫学研究における因果関係の判定に関わる9つの判定基準を以下に示す。前半の5つは米国公衆衛生局長諮問委員会が喫煙が肺癌の発生要因とした判断基準であり、後半の4つは統計学者が翌年に追加したものである。

3)分析疫学

(1)症例対照研究

既に発症している者と対照者について、要因に暴露された者の割合を比較する方法。

過去にさかのぼって調べるので、後向き調査・ケースコントロール研究・患者対照研究・結果対照研究とも呼ばれる。